物置の隅へ投げ込まれてしまった。
「あんなに可愛《かあい》がって遣《やっ》たのに……」と、甥も下女も不平らしい顔をしていた。
 実際、我々は彼を苦《くるし》めようとはしなかった。寧《むし》ろ彼を愛養していた。しかも彼を狭い庭の内に押込めて、いつまでも自分たちの専有物にしておこうという我儘《わがまま》な意思を持っていたことは否《いな》まれなかった。そこに有形無形の束縛があった。彼は自由の天地にあこがれて、遠く何処へか立去ったのであろう。
 蜘蛛は私に打克《うちか》った。蛙は私の囚《とら》われを逃れた。彼らはいずれも幸福でないとはいえまい。

     七 蛙と騾馬《らば》と

 前回に蛙の話を書いた折に、ふと満洲の蛙を思い出した。十余年前、満洲の戦地で聴いた動物の声で、私の耳の底に最も鮮かに残っているのは、蛙と騾馬との声であった。
 蓋平《がいへい》に宿《とま》った晩には細雨《こさめ》が寂しく降っていた。私は兵站部《へいたんぶ》の一室を仮《か》りて、板の間に毛布を被って転がっていると、夜の十時頃であろう、だしぬけに戸の外でがあがあ[#「があがあ」に傍点]と叫ぶような者があった、ぎいぎい[
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