は重い雫《しずく》に堪えないように身を顫《ふる》わした。咲き残っている躑躅の白い花も湿《ぬ》れた頭を重そうに首肯《うなず》かせた。滝は折々に風にしぶいて、夏の明るい日光の前に小さい虹を作った。湿《ぬ》れた苔は青く輝いた。あるものは金色《こんじき》に光った。
「もう今に蛙が出て来るだろう。」
 こういっていると、果して何処《どこ》からか青い動物が遅々《のそのそ》と這い出して来る。彼は悠然として滝の下にうずくまる。そうして、楓の葉を通して絶間《たえま》なしに降り注ぐ人工の雨に浴している。バケツの水が尽きると、甥と下女とが汲み替えて遣《や》る。蛙は眼を晃《ひか》らしているばかりでちっとも動かない。やがて十分か二十分も経ったと思うと、彼は弱い女のような細い顫え声を高く揚げて、からからから[#「からからから」に傍点]というように鳴き始める。調子はなかなか高いので二階にいる私にも能《よ》く聞えた。
 こんなことが十日ほども続くと、彼は何処へか姿を隠してしまった。甥がいくら苦心しても、人工の雨では遂に彼を呼ぶことが能《でき》なくなった。甥は失望していた。私も何だか寂しく感じた。
 それから四日ほど過
前へ 次へ
全37ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング