毎日払い落されても、毎日これを繕ってゆく。恐《おそら》く彼はいよいよ死ぬという最終の一時間までこの努力をつづけるに相違あるまい。
私は、彼に敵することは能《でき》ないと悟った。
小さい虫は遂に私を征服して、私の庭を傲然《ごうぜん》として占領している。
六 蛙
次は蛙である。青い脊中に軍人の肩章のような金色の線を幾筋も引いている雨蛙である。
私の狭い庭には築山《つきやま》がある。彼は六月の中旬頃からひょこり[#「ひょこり」に傍点]とそこに現れた。彼は山をめぐる躑躅《つつじ》の茂みを根拠地として、朝に晩にそこらを這《は》い歩いて、日中にも平気で出て来た。雨が降ると涼しい声を出して鳴いた。
今年の梅雨中《ばいうちゅう》には雨が少かったので、私の甥《おい》は硝子《がらす》の長い管で水出しを作った。それを楓《かえで》の高い枝にかけてあたかも躑躅の茂みへ細い滝を落すように仕掛けた。午後一時半頃、甥は学校から帰って来ると、すぐにバケツに水を汲み込んで水出しの設備に取《とり》かかる。細い水は一旦《いったん》噴き上って更に真直にさッ[#「さッ」に傍点]と落ちて来ると、夏楓の柔い葉
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