読書雑感
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)有難《ありがた》い
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 何といってもこの頃は読書子に取っては恵まれた時代である。円本は勿論、改造文庫、岩波文庫、春陽堂文庫のたぐい、二十銭か三十銭で自分の読みたい本が自由に読まれるというのは、どう考えても有難《ありがた》いことである。
 趣味からいえば、廉価版の安っぽい書物は感じが悪いという。それも一応はもっともであるが、読書趣味の普及された時代、本を読みたくても金がないという人々に取っては、廉価版は確《たしか》に必要である。また、著者としても、豪華版を作って少数の人に読まれるよりも、廉価版を作って多数の人に読まれた方がよい。五百人六百人に読まれるよりも、一万人二万人に読まれた方が、著者としては本懐でなければならない。
 それに付けても、わたしたちの若い時代に比べると、当世の若い人たちは確に恵まれていると思う。わたしは明治五年の生れで、十七、八歳即ち明治二十一、二年頃から、三十歳前後即ち明治三十四、五年頃までが、最も多くの書を読んだ時代であったが、その頃には勿論廉価版などというものはない。第一に古
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