、若い美しい姫が腰元どもと一所《いっしょ》にさびしくその雛にかしずいている。脊山の家には簾《す》がおろされてあったが、腰元のひとりが小石に封じ文をむすび付けて打ち込んだ水の音におどろかされて、簾がしずかに巻きあげられると、そこにはむらさきの小袖に茶苧《ちゃう》の袴をつけた美少年が殊勝げに経巻を読誦《ずしょう》している。高島屋とよぶ声がしきりに聞える。美少年は市川左団次の久我之助《こがのすけ》である。
姫は太宰の息女|雛鳥《ひなどり》で、中村福助である。雛鳥が恋人のすがたを見つけて庭に降り立つと、これには新駒屋とよぶ声がしきりに浴《あび》せかけられたが、かれの姫はめずらしくない。左団次が前髪立《まえがみだて》の少年に扮して、しかも水の滴るように美しいというのが観客の眼を奪ったらしい。少年の父も唸るような吐息を洩しながら眺めていると、舞台の上の色や形はさまざまの美《うつくし》い錦絵をひろげてゆく。
脊山の方《かた》は大判司清澄《だいはんじきよずみ》――チョボの太夫の力強い声によび出されて、仮花道《かりはなみち》にあらわれたのは織物の※[#「ころもへん+上」、第4水準2−88−9]※[#
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