しかし今度はお由が近所の湯屋へ行く途中に待っていて、姉さんは布袋屋に奉公しているふう[#「ふう」に傍点]ちゃん――わたくしの兄でございます。――と一緒に、大木戸の相模屋にかくれているから、わたしはこれから捉《つか》まえに行く。それでも相手は二人だから逃がすと困る。わたしがふうちゃんを押えるから、おまえは姉さんを捉まえてくれといって、うまくお由を連れ出したのだそうでございます。これは年のわかいお由の嫉妬心を煽って、やすやすと連れて行く手段であったものと想像されます。お由が善兵衛の家へ連れ込まれたときには、お定はもうそこの二階にはいなかったのでございます。
 こうして、ふたりの娘を自分の方へ取上げてしまった善兵衛は、叔父を案内して家を出ました。善兵衛はあしたにしろと言ったのですが、叔父はどうしても承知しない。暗い時ではいけないから昼間にしろと言っても、叔父はきかない。そこで、蝋燭を用意して一緒に行くことになった――と、善兵衛自身はこう言うのですが、嘘か本当か判りません。ともかくも暗い夜道を千駄ヶ谷の方角へたどって行きまして、広い草原のなかを探しあるいて、ここらの土のなかには強い袋蜘蛛がたく
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