はわたくしの家を指さし、女に何か小声で話しているらしいのでございます。何だかおかしいと思ってよく見ると、その男は会津屋の叔父で、女は二十二、三ぐらいの粋な風俗、どうも堅気の人とは見えないのでした。叔父さんがあんな女を連れて来て、わたくしの家を指してなんの話をしているのかと、いよいよ不思議に思いながらだんだんに近寄って行きますと、叔父はわたくしの足音に気がついて、こっちを急に振向きましたが、そのまま黙って女と一緒に、むこうの方へ行ってしまいました。
「今、叔父さんが家の前に立っていましたよ。」
わたくしは家へ帰ってその話をすると、母も妙な顔をしていました。
「そうかえ。叔父さんがそんな女と一緒に……。家《うち》へは寄って行かなかったよ。」
「じゃあ、阿母《おっか》さんは知らないの。」
「ちっとも知らなかったよ。」
話はそれぎりでしたが、その時に母は妙な顔をしたばかりでなく、だんだんに陰《くも》ったような忌《いや》な顔に変ってゆくのがわたくしの眼につきました。しかし母はなんにも言わず、わたくしもその上の詮議《せんぎ》もしませんでした。
旧暦の六月末はもう土用のうちですから、どこのお稽
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