せんから、店の者にも言い付けて、それぞれに手分けをして心あたりを探させることにしたというのでございます。
半日ぐらい帰らないからといって、こんなに騒ぐのもおかしいと思召すかも知れませんが、その頃の堅気の家のむすめは誰にも断りなしに遠いところへ行くことはありません。たとい近所へ行くにしても必ず断って出る筈ですから、小《こ》半日もその行くえが知れないとなれば、ひと騒ぎでございます。ましてことし十八という年頃の娘ですから尚更のことで、誰かと駈落ちでもしたか、誰かにかどわかされたか、なにしろ唯事ではあるまいと思うのが普通の人情でございます。叔母が心配するのも無理はありません。
いつまで叔母と向い合って、溜息をついていても果てしがないので、母はまた来るからといって一旦帰って来たのでございます。その話をしてしまって、母はわたくしに訊きました。
「さあちゃんは何処かの若い人と仲よくしていたかしら。おまえ、知らないかえ。」
「そんなことは……。あたし知りませんわ。」
「ほんとうに知らないかえ。」
幾たび念を押されても、わたくしは全く知らないのでございます。お定がよその若い男と心安くしているなどと
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