どといふ筈がありません。けれども、わたくしの耳には一度ならず、二度までも確《たしか》にさう聞えたのです。怪しい娘がわたくしに教へてくれたやうに思はれるのです。気の迷ひかも知れないと打消しながらも、わたくしは妙にそれが気にかゝつてならないので、いつまでも夢のやうな心持でそこに突つ立つてゐました。これから湯河原へ引返して見ようかとも思ひました。それもなんだか馬鹿《ばか》らしいやうにも思ひました。このまゝ真直《まっすぐ》に東京へ帰らうか、それとも湯河原へ引返さうかと、わたくしは色々にかんがへてゐましたが、どう考へてもそんなことの有様《ありよう》は無いやうに思はれました。お天気の好い真昼間《まっぴるま》、しかも停車場の混雑のなかで、怪しい娘が継子さんの死を知らせてくれる――そんなことのあるべき筈が無いと思はれましたので、わたくしは思ひ切つて東京へ帰ることに決めました。
その中《うち》に東京行の列車が着きましたので、ほかの人達はみんな乗込みました。わたくしも乗らうとして又|俄《にわか》に躊躇《ちゅうちょ》しました。まつすぐに東京へ帰ると決心してゐながら、いざ乗込むといふ場合になると、不思議に継
前へ
次へ
全15ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング