。八日《ようか》九日《ここのか》の二日《ふつか》は出発前でいろいろの勤めがあるのは判り切っているので、今夜は思う存分に騒ぎ散らして帰ろうと、彼は羽目《はめ》をはずして浮かれていた。半九郎もお染に逢うのは今夜限りだと思っていた。
 もう泣いても笑っても仕方がないと、お染もきのう今日は諦めてしまった。いつも沈んだ顔ばかりを見せて男の心を暗い方へ引き摺って行くのは、これまでの恩となさけに対しても済まないことであると思ったので、彼女も今夜は努《つと》めて晴れやかな笑顔を作っていた。お花は無論に浮きうきしていた。今夜がいよいよのお別れであるというので、馴染みの女や仲居なども大勢寄って来て、座敷はいつもより華やかに浮き立った。
 内心はともかくも、お染の顔が今夜は晴れやかに見えたので、半九郎も少し安心した。安心すると共に、彼はふだんよりも多く飲んだ。ことに今夜は市之助という飲み相手があるので、彼はうかうか[#「うかうか」に傍点]と量をすごして、お染の柔かい膝《ひざ》を枕に寝ころんでしまった。
「半さま。御家来の衆が見えました」と、仲居のお雪が取次いで来た。
「八介《はちすけ》か。何の用か知らぬが、
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