しいことは弟に任せて、市之助は相変らず浮かれ歩いていた。
「もう二、三日で京も名残《なご》りだ。面白く騒げ、騒げ」
それは七日の宵で、きょうは朝から時雨《しぐ》れかかっている初冬の一日を、市之助は花菱の座敷で飲み明かしているのであった。日が暮れてから半九郎も来た。約束したのではない、偶然に落ち合ったのであった。
「おお、半九郎来たか」
「お身はいつから来ている」
「ゆうべから居つづけだ」と、市之助はもう他愛なく酔いくずれていた。
「弟にまた叱らるるぞ」と、半九郎はにが笑いした。
「あいつ、腹を立って、きっと兄の悪口をさんざんに言っているであろう。困った奴だ」
市之助も笑っていた。
四
半九郎を初めてここへ誘って来たのは市之助であったが、塒《ねぐら》を一つ場所に決めていない彼はいつも半九郎の連れではなかった。ことに過日《このあいだ》の鶯の話を聴かされてから、彼は半九郎のあまり正直過ぎるのを懸念するようになったので、ゆうべも彼を誘わずに自分一人で来ていると、あとから半九郎が丁度来合せたのである。
もう二、三日というけれども、今夜が京の遊び納めであると市之助は思っていた
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