……。はて、お身にも似合わぬ風流なことだな」と、言いかけて彼もすぐに覚ったらしくうなずいた。「うむ。して、その鶯を江戸へ連れて行くのか」
「いや、籠《かご》から放してやればいい。鶯はおおかた古巣へ舞い戻るであろう」
その謎は市之助にもよく判った。しかしそれは余り正直過ぎるように思われたので、彼は半九郎に注意するように言った。
「おれも鶯は大好きで、ゆく先ざきで鶯を聴いて歩く。鶯は美しい愛らしい小鳥だ。ことに京は鶯の名所であるから、おれも金に明かし、暇《ひま》に明かして、思うさまに鳴かして見たが、所詮《しょせん》は一時の興《きょう》に過ぎぬ。一羽の鳥になずんでは悪い。江戸へ帰ればまた江戸の鶯がある」
「勿論、おれもその鶯を江戸まで持って帰ろうとは思わぬが、鳴く音《ね》が余りに哀れに聞えるので、せめて籠から放してやりたいのだ。半九郎は人にも知られた意地張りだが、生まれつきから涙もろい男だ。ありあまる金を持った身でもなし、かつは旅先で工面《くめん》するあてもない。察してくれ」
半九郎の性質は市之助もふだんから知り抜いていた。そうして、それが彼の美しいところでもあり、また彼の弱いところでも
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