あることを知っていた。遊里《ゆうり》の歓楽を一時の興と心得ている市之助の眼から見れば、立派な侍が一人の売女に涙をかけて、多寡《たか》が半月やひと月の馴染みのために、家重代《いえじゅうだい》の刀を手放そうなどというのは余りに馬鹿ばかしくも思われた。彼は繰り返して涙もろい友達に忠告を試みた。
「して、半九郎。お身は全くその鶯に未練はないな」
「未練はない。くどくも言うようだが、あまりに哀れだから放してやりたい。ただそれだけのことだ」
「それならば猶更のこと。お身がその鶯にあくまでも未練が残って、買い取って我が物にしたいと言っても、おれは友達ずくで意見したい。ましてその鶯には未練も愛着《あいぢゃく》もなく、ただ買い取って放してやるだけに、武士《ぶし》が大切の刀を売るとは、あまりに分別が至らぬように思わるるぞ。なさけも善根《ぜんこん》も銘々の力に能《あた》うかぎりで済ませればよし、程を過ぎたら却《かえ》って身の禍《わざわ》いになる。この中《じゅう》のおれの行状から見たら、ひとに意見がましいことなど言われた義理ではないが、おれにはまたおれの料簡《りょうけん》がある。鶯はただ鳴くだけのことで、藪《
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