得心《ふとくしん》らしい顔をしていた。
「おお、帰るようにおれが言ってやる」
うっかりと口をすべらせたのを、源三郎はすぐ聞きとがめた。
「おれが言ってやる。……では、兄の居どころをお身は知っているか。お身もこれからそこへ行くのか」
半九郎も少し行き詰まった。その慌《あわ》てた眼色を覚《さと》られまいと、彼はわざと大きく笑った。
「まあ、むずかしく詮議するな。行くと行かぬは別として、おれは兄の居どころを知っている。たずね出してやるから、おとなしく待っておれ」
「ふうむ。お身もか」
卑しむような眼をして、源三郎は半九郎の顔をじっ[#「じっ」に傍点]と見た。半九郎がこのごろ祇園に入りびたっていることを彼も薄々知っていた。ことに今の口振りで、兄も半九郎もどうやら一つ穴の貉《むじな》であるらしいことを発見した彼は、日ごろ親しい半九郎に対して、俄《にわ》かに憎悪と軽蔑との念が湧いて来た。それでも自分自身が汚《けが》れた色町へ踏み込むよりは、いっそ半九郎に頼んだ方が優《ま》しであろうと思い返して、彼は努めて丁寧に言った。
「では、頼む。兄によく意見して下され」
「承知した」
二人は月の下で別
前へ
次へ
全49ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング