れた。
「はは、源三郎め、覚ったな」と、半九郎は歩きながらほほえんだ。
 彼の眼から見たらば、兄もおれも同じ放埒者《ほうらつもの》と見えるかも知れない。誰が眼にも、うわべから覗《のぞ》けばそう見えるであろう。しかし市之助とおれとは性根が違うぞと、半九郎は肚《はら》の中で笑っていた。市之助は行く先ざきで面白いことをすればいい、彼はそれで満足しているのである。おれはそうでない。おれは市之助のような放蕩者でない。おれはお染のほかに世間の女をあさろうとはしていない。同じ色町の酒を甞《な》めていながらも、市之助とおれとを一緒に見たら大きな間違いであるぞと、半九郎は浅黄に晴れた空の上に、大きく澄んで輝く月のひかりを仰ぎながら、お染のいる祇園町の方へ大股に歩いて行った。

     三

 半九郎とお染とが引き分けられなければならない時節が来た。
 今年の秋もあわただしく暮れかかって、九月の暦《こよみ》も終りに近づいた。鴨川の水にも痩せが見えて、河原の柳は朝寒《あささむ》に身ぶるいしながら白く衰えた葉を毎日振るい落した。そのわびしい秋の姿をお染は朝に夕に悲しく眺めた。九月の末か、十月の初めには将軍が
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