郎は苦々《にがにが》しそうに言った。「今夜もきっと柳町か祇園であろうよ」
「柳町や祇園をあさり歩いて、兄を見付けたら何とする」と、半九郎は笑いながら又きいた。
「見付け次第に引っ立てて帰る」
ことし十九の坂田源三郎は、兄の市之助とはまるで人間の違ったような律義《りちぎ》一方の若者であった。彼は兄のように小唄を歌うことを知らなかったが、武芸は兄よりも優れていた。彼は兄と一緒に上洛のお供に加わって来て、同じ宿に滞在しているのであった。
こうして同じ京の土を踏みながらも、兄は旅先という暢気《のんき》な気分で遊び暮らしていた。弟は主君のお供という料簡《りょうけん》でちっとも油断しなかった。こうして反《そ》りの合わない兄弟ふたりは、どっちも不思議に半九郎と親しい友達であった。自分よりも二つの年下であるので、半九郎は源三郎を弟のようにも思っていた。
「兄の放埒も悪かろうが、遊興の場所へ踏ん込んで無理に引っ立てて帰るはちっと穏当でない」と、半九郎はなだめるように言った。「まあ堪忍してやれ。兄も今夜は後《のち》の月見という風流であろう。あすになればきっと帰る」
「帰るであろうか」と、源三郎はまだ不
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