た。
その晩は夜半から冷たい雨がしとしと[#「しとしと」に傍点]と降り出して来た。お染は自分の客が菊地半九郎《きくちはんくろう》という侍で、新しい三代将軍の供をしてこのごろ上洛したものであることを初めて知った。お花の客が坂田市之助という男であることも、半九郎の口から正直に言い聞かされた。
お染も自分の身の上を男に打明けた。自分は六条に住んでいる与兵衛《よへえ》という米屋の娘で、商売の手違いから父母はことし十五の妹娘を連れて、裏家《うらや》へ逼塞《ひっそく》するようになり下がった。それが因果で自分は二百両という金《かね》の代《しろ》にここへ売られて来たのである。ゆうべは初めての店出しでお前さまに逢った。今夜も逢った。そうして、ほんとうの客になって貰った。しかし勤めの身は悲しいもので、あすはどういう客に逢おうも知れないと、彼女は枕紙《まくらがみ》を濡らして話した。
半九郎は暗い顔をして聴いていたが、やがて思い切って言った。
「よい。判った。心配するには及ばぬ。あしたからは夜も昼もおれが揚げ詰《づ》めにして、ほかの客の座敷へは出すまい」
「ありがとうござります」と、お染は手をあわせて拝
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