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彼女は一座の耳を惹《ひ》きつけるほどの美しい清らかな声であった。それをじっ[#「じっ」に傍点]と聴いているうちに、お染は一種の寂しさがひしひしと狭い胸に迫って来た。その陰った眼が自分の男の眼に出逢うと、男も少し沈んだような顔をして、杯を下においていた。
その晩も四人は泊まって、一人は帰ることになった。帰るというのはやはりお染の客であった。お染はお雪を廊下へ呼び出して、恥かしそうに頼んだ。
「わたしのお客は今夜も帰ると仰しゃるそうな。なんとか引き止める法はないものか」
お雪も同意であった。お染の客はゆうべも花代を払っただけで綺麗に帰った。今夜もまたすぐに帰ろうとする。なんぼ相手が承知の上でも、それではあんまり傾城冥利《けいせいみょうり》に尽きるであろうと彼女も思った。もうひとつには、店出しをしたばかりでまだ一人の馴染みもないお染のために、ああいう頼もしそうな客を見付けてやりたいとも思ったので、お雪は快く承知した。
客は振り切って帰ろうとするのを、お雪は引き止めた。客扱いに馴れている手だれの彼女は、強情な男を、無理無体に引き戻して、お染が閨《ねや》の客にしてしまっ
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