侍衆じゃというて、些細《ささい》なことから言い募《つの》って真剣の勝負とは、あまりに御短慮でござります。これ、おがみます、頼みます。どうぞもう一度分別して、仲直りをして下さりませ」
拝《おが》みまわる女を源三郎はまた蹴倒した。
「女がとめるを幸いに、言い出した勝負をやめるか。卑怯者め」
「何の……」と、半九郎は哮《たけ》った。「そう言うおのれこそ逃ぐるなよ」
彼は縁先から庭へ飛び降りると、源三郎もつづいて駈け降りた。
武士と武士との果し合いを、ここらの女どもがどう取り鎮めるすべもないので、お染は息を呑み込んで二人のうしろ影を見送っているばかりであったが、どう考えても落ち着いていられないので、彼女は白い脛《はぎ》にからみつく長い裳《すそ》を引き揚げながら、同じ庭口から二人のあとを追って行った。
小夜時雨《さよしぐれ》、それはいつの間にか通り過ぎて、薄い月が夢のように鴨川の水を照らしていた。
六
素足で河原を踏んでゆく女の足は遅かった。お染は息を切って駈けた。薄月と水明りとに照らされた河原には、二つの刀の影が水に跳《はね》る魚の背のように光っていた。それを遠目に見ていながら、お染はなかなか近寄ることが出来なかった。
二人の刀は入り乱れて、二つの人影は解けてもつれた。お染がだんだん近づくに連れて、鍔《つば》の音までが手に取るように聞えた。と思ううちに、一つの影はたちまち倒れた。一つの影は乗りかかってまた撃ち込んだ。勝負はもう決まったらしいので、お染ははっ[#「はっ」に傍点]と胸が跳《おど》った。彼女は幾たびかつまずきながらようように駈け寄ると、その勝利者はたしかに半九郎と判った。
「半さま」と、彼女は思わず声をかけた。
「お染か」と、半九郎は振り向いた。
「して、相手のお侍は……」
「この通りだ」
半九郎は血刀で指さした。女のおびえた眼にはよく判らなかったが、源三郎は肩と腰のあたりを斬られているらしく、河原の小石を枕にして俯向きに倒れていた。そのむごたらしい血みどろの姿を見て、お染はぞっ[#「ぞっ」に傍点]と身の毛が立った。彼女は膝のゆるんだ人のように顫《ふる》えながらそこにべったりと坐ってしまった。
元和《げんな》の大坂落城から僅か十年あまりで、血の匂いに馴れている侍は、自分の前に横たわっている敵の死骸に眼もくれないで、しずかに川の水を掬《
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