まった。
あとには半九郎とお染とが残った。半九郎は黙って酒を飲んでいた。
五
兄のうしろ姿を見送って、源三郎は少し思案していたが、これも刀をとって続いて起とうとした。あくまでも兄のあとを追って行って、無理に引き戻す積もりであろうと見た半九郎は、さすがに見兼ねて声をかけた。
「源三郎。待て、待て」
源三郎は無言で見返った。さっきから半九郎がそこにいるのを知りながら、彼は何の会釈《えしゃく》もしなかったのである。
「かような場所で立ち騒いでは見苦しい。今夜はおとなしく帰ったがよかろう。兄はきっとこの半九郎が連れて戻る。安心して帰れ、帰れ」と、半九郎は杯を手にしながら言った。
余人《よじん》ならばともかくも、日頃から兄の悪友と睨んでいる半九郎の仲裁を、源三郎は素直に承知する筈はなかった。現に先月の十三夜にも、半九郎はきっと帰すと安受け合いをして置きながら、兄はその晩に帰らなかった。そうした嘘つきの、不信用の半九郎が、今更何を言っても相手にはならぬというように、源三郎は眼に角《かど》を立てて罵《ののし》るように答えた。
「いや、安心してはいられまい。一つ穴のむじな[#「むじな」に傍点]どもが安受け合いを、真《ま》にうけて帰らりょうか。源三郎はもうお身たちに化かされてはおらぬぞ。兄がかようなたわけの有りたけを尽くすも、お身たちのような不仕埒《ふしだら》な朋輩があればこそ。よい朋輩を持って兄も仕合せ者、手前もきっとお礼を申すぞ」
喧嘩腰の挨拶を、半九郎は笑いながら受け流した。
「はは、そのように怒るなよ。お身はまだ年が若いので、一途《いちず》に人ばかり悪い者のように言うが、兄は兄、おれはおれだ。兄が遊ぶと、おれが遊ぶとは、同じ遊びでも心の入れ方が違うかも知れぬ。いや、それはそれとして、兄も今夜が京の遊び納めであろうから、それを無理に連れて帰ろうとするのは余りにむごい、気の毒だ。おれも今引っ返して荷作りをして来たが、兄の指図を受けずともお身と家来どもの手でどうにかなろう。まあ、今晩ひと晩だけは兄を助けてやれ」
「どうにかなる程なら、わざわざ呼びにはまいらぬ」
「理屈っぽい男だ。何にも言わずに帰れ、帰れ」
「帰ろうと帰るまいと手前の勝手だ」と、源三郎は衝《つ》と起った。
強情に兄のあとを追って行こうとするらしいので、お染ももう見ていられなくなった。彼女は思
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