たった。その仆《たお》るる時、あたかも家根瓦の落ちて砕けるような響きを発したのである。近寄ってみると、それは毀《こわ》れた甕《かめ》の破片であった。
 更にあらためると、怪物の正体はこの家にある古い甕であることが判った。
 それが不思議な顔をしていたのは、小児《こども》がその甕のおもてへいたずら書きをしたのである。小児が手あたり次第に書いたのであるから、人間の顔がおかしくゆがんで、眼も鼻も勿論ととのっていない。それでも人間の顔を具《そな》えたために、こんな怪をなすようになったのかも知れないというのであった。

   顔良の祠

 呂城は呉の呂蒙《りょもう》の築いたものである。河をはさんで、両岸に二つの祠《やしろ》がある。
 その一つは唐の名将|郭子儀《かくしぎ》の祠である。郭子儀がどうしてこんな所に祀られているのか判らない。他の一つは三国時代の袁紹《えんしょう》の部将の顔良《がんりょう》を祀ったもので、これもその由来は想像しかねるが、土地の者が祷《いの》るとすこぶる霊験があるというので、甚だ信仰されている。
 それがために、その周囲十五里のあいだには関帝廟《かんていびょう》(関羽を祀る
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