れている。
秦代の法令がいかに厳酷であったかは、これで想いやられる。
帰安の魚怪
明《みん》代のことである。帰安《きあん》県の知県《ちけん》なにがしが赴任してから半年ほどの後、ある夜その妻と同寝していると、夜ふけてその門を叩く者があった。知県はみずから起きて出たが、暫くして帰って来た。
「いや、人が来たのではない。風が門を揺すったのであった」
そう言って彼は再び寝床に就いた。妻も別に疑わなかった。その後、帰安の一県は大いに治まって、獄を断じ、訴《うった》えを捌《さば》くこと、あたかも神《しん》のごとくであるといって、県民はしきりに知県の功績を賞讃した。
それからまた数年の後である。有名の道士|張天師《ちょうてんし》が帰安県を通過したが、知県はあえて出迎えをしなかった。
「この県には妖気がある」と、張天師は眉をひそめた。そうして、知県の妻を呼んで聞きただした。
「お前は今から数年前の何月何日の夜に、門を叩かれたことを覚えているか」
「おぼえて居ります」
「現在の夫《おっと》はまことの夫ではない。年を経たる黒魚《こくぎょ》(鱧《はも》の種類)の精である。おまえの夫はかの夜
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