》り付けられたりするので、手の着けようがない。弓や鉄砲で撃っても、矢玉はみな跳ねかえされて地に落ちてしまうのである。
 しかも昔からの言い伝えで、毛人を追い攘《はら》うには一つの方法がある。それは手を拍《う》って、大きな声で囃《はや》し立てるのである。
「長城を築く、長城を築く」
 その声を聞くと、かれらは狼狽して山奥へ逃げ込むという。
 新しく来た役人などは、最初はそれを信じないが、その実際を見るに及んで、初めて成程と合点《がてん》するそうである。
 長城を築く――毛人らが何故《なぜ》それを恐れるかというと、かれらはその昔、秦《しん》の始皇帝《しこうてい》が万里の長城を築いたときに駆り出された役夫《えきふ》である。かれらはその工事の苦役《くえき》に堪えかねて、同盟脱走してこの山中に逃げ籠ったが、歳久しゅうして死なず、遂にかかる怪物となったのであって、かれらは今に至るも築城工事に駆り出されることを深く恐れているらしく、人に逢えば長城はもう出来あがってしまったかと訊《き》く。その弱味に付け込んで、さあ長城を築くぞと囃し立てると、かれらはびっくり敗亡して、たちまちに姿を隠すのであると伝えら
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