夫の出たあとで徐四に言った。
「今夜は北風が寒いから、煖坑《だんこう》(床下に火を焚いて、その上に寝るのである)でなければ、とても寝られますまい。しかしこの家《うち》にはたった一つの煖坑しかないのですから、夫の留守にあなたと一つ床に枕をならべて寝るわけには行きません。わたしは母の家へ帰って寝かしてもらうことにしますから、あなた一人でお寝《やす》みなさい」
 義弟は承知して出してやった。表には寒い風が吹きまくって、月のひかりが薄あかるい。その夜も二更《にこう》とおぼしき頃に、門をたたいて駈け込んで来た者がある。それは一個の美少年で、手に一つの嚢《ふくろ》をさげていた。徐四が怪しんで問うまでもなく、少年は泣いて頼んだ。
「どうぞ救ってください。わたしは実は男ではありません。後生《ごしょう》ですから、なんにも聞かずに今夜だけ泊めてください。そのお礼にはこれを差し上げます」
 少年はふくろを解いて、見ごとな毛裘《けごろも》をとり出した。それは貂《てん》の皮で作られたもので、金や珠の頸かざりが燦然《さんぜん》として輝いているのを見れば、捨て売りにしても価い万金という代物《しろもの》である。徐四も
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