劉に取次いだので、劉は早速に道具をたずさえて行くと、忰はまだ帰って来ないらしく、家のなかには人の影もみえなかった。しかし近所に住んでいて、その家の勝手もよく知っているので、劉は構わずに二階へあがると、寝床の上には父の死骸が横たわっていた。劉はそこにある腰掛けに腰をおろして、すぐに画筆を執りはじめると、その死骸は忽《たちま》ち起《お》きあがった。劉ははっと思うと同時に、それが走屍《そうし》というものであることを直ぐに覚《さと》った。
走屍は人を追うと伝えられている。自分が逃げれば、死骸もまた追って来るに相違ない。いっそじっとしていて、早く画をかいてしまう方がいいと覚悟をきめて、劉は身動きもしないで相手の顔を見つめていると、死骸も動かずに劉を見つめている。
その人相をよく見とどけて、劉は紙をひろげて筆を動かし始めると、死骸もおなじように臂《ひじ》を動かし、指を働かせている。劉は一生懸命に筆を動かしながら、時どきに大きい声で人を呼んだが、誰も返事をする者がない。鬼気はいよいよ人に逼《せま》って、劉の筆のさきも顫《ふる》えて来た。
そのうちに忰の帰って来たらしい足音がきこえたので、やれ嬉
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