くなったと見えて、必死の力をふるって起《た》ちあがると、ようように泥の中から足を抜くことが出来ました。それから検《あらた》めてみると、牛の腹の下には古い箒《ほうき》のようなものがしっかりと搦《から》みついていて、なかなか取れませんでした。それがまた、非常になまぐさいような臭《にお》いがして寄り付かれません。大勢が杖をもって撃ち叩くと、幽鬼のむせび泣くような声がして、したたる水はみな黒い血のしずくでした。大勢はさらに刃物でそれをずたずたに切って、柴の火へ投げ込んで焚《や》いてしまいましたが、その忌《いや》な臭いはひと月ほども消えなかったそうです。しかしそれから後は、黄泥溝で溺れ死ぬ者はなくなりました」

   僵尸《きょうし》(屍体)を画く

 杭州の劉以賢《りゅういけん》は肖像画を善くするを以って有名の画工であった。その隣りに親ひとり子ひとりの家があって、その父が今度病死したので、せがれは棺を買いに出る時、又その隣りの家に声をかけて行った。
「となりの劉先生は肖像画の名人ですから、今のうちに私の父の顔を写して置いてもらいたいと思います。あなたから頼んでくれませんか」
 隣りの人はそれを
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