の女の正体がこれであるのは誰にも想像されることであるから、大勢は騒ぎ立てて捕えようとしたが、短い武器では高い梁の上までとどかないので、さらに弓矢や長い矛《ほこ》を持ち出して追い立てると、怪鳥は青い燐《おにび》のような眼をひからせ、大きい翅《つばさ》をはたはたと鳴らして飛びめぐった末に、門を破って逃げ去った。
 そこで、倒れている婿と※[#「女+息」、第4水準2−5−70]とを介抱して、事の子細を問いただすと、婿は血の流れる眼をおさえながら言った。
「寝間へはいったものの、※[#「女+息」、第4水準2−5−70]ふたりではどうすることも出来ないので、しばらく黙ってむかい合っているうちに、左側にいた女がたちまちに袖をあげてわたしの顔を払ったかと思うと、両の眼玉は抉《く》り取られてしまった。その痛みの劇《はげ》しさに悶絶して、その後のことはなんにも知らない」
 ※[#「女+息」、第4水準2−5−70]はまた言った。
「わたしは婿殿の悲鳴におどろいて、どうしたのかと思って覗こうとすると、その顔を不意に払われて倒れてしまいました」
 彼女も両眼を抉り取られているのであった。それでも二人とも命に別条がなかったのが嘆きのうちの喜びで、婿も※[#「女+息」、第4水準2−5−70]も厚い手当てを加えられて数月の後に健康の人となった。そうして、盲目同士の夫婦はむつまじく暮らした。
 怪鳥の正体はわからない。伝うるところによると、墓場などのあいだに太陰積尸《たいいんせきし》の気が久しく凝るときは化《け》して羅刹鳥《らせつちょう》となり、好んで人の眼を食らうというのである。

   平陽の令

 平陽《へいよう》の令《れい》を勤めていた朱鑠《しゅれき》という人は、その性質甚だ残忍で、罪人を苦しめるために特に厚い首枷《くびかせ》や太い棒を作らせたという位である。殊に婦女の罪案については厳酷をきわめ、そのうちでも妓女《ぎじょ》に対しては一糸を着けざる赤裸《あかはだか》にして、その身体《からだ》じゅうを容赦なく打ち据えるばかりか、顔の美しい者ほどその刑罰を重くして、その髪の毛をくりくり坊主に剃《そ》り落すこともあり、甚だしきは小刀をもって鼻の孔をえぐったりすることもあった。
「こうして世の道楽者を戒《いまし》めるのである。美人の美を失わしむれば、自然に妓女などというものは亡びてしまうことになる。
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