うと、たちまち一人の男が来て役人に声をかけた。
「あなたはここらの人と見えないが、なにしに来たのです」
老人が代って説明すると、その男はうなずいて役人を案内して行った。そのうちに老人のすがたは見えなくなってしまったので、どうなることかと不安ながら付いてゆくと、大路小路を幾たびか折れ曲がって、堂々たる大邸宅の門内へ連れ込まれた。さらに奥の間へ案内されると、広い座敷のなかにはただひとつの榻《とう》を据えて、ひとりの偉丈夫《いじょうふ》が帽もかぶらず、靴も穿かずに、長い髪を垂れて休息していた。そのかたわらには五、六人の童子が扇を持って煽《あお》いでいた。役人は謹《つつし》んで自分の来意を訴えると、男は童子に頤《あご》で指図して金を運ばせて来た。見ると、それはさきに盗難に逢った金で、その封も元のままになっていた。
「この金が欲しいのか」と、男は訊いた。
「頂戴が出来れば結構でございますが……」と、役人は恐る恐る答えた。
「なにしろ疲れたろう。すこし休息するがよい」
ひとりの男が彼をまた案内して、奥まったひと間へ連れ込み、一旦は扉をしめて立ち去ったが、やがて食事の時刻になると、立派な膳部を運
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