は誰も知っていることですが、その忠臣となるがために、なんの罪もないわたしを殺して、その肉を士卒に食わせるような無残な事をなぜなされた。その恨みを報いるために、わたしは十三代もあなたを付け狙っていましたが、何分にもあなたは代々偉い人にばかり生まれ変っているので、遂にその機会を得ませんでした。しかも今のあなたはさのみ偉い人でもない、単に一個の白面《はくめん》(若く未熟なこと)書生に過ぎませんから、今こそ初めて多年の恨みを報いることが出来たのです」
 言い終って、女のすがたは消えてしまった。病人もそれから間もなく世を去った。

   火の神

 武進《ぶしん》の諸生で楊某《ようなにがし》という青年が、某家に止宿《ししゅく》していたことがある。その家は富んでいるので、主人は毎晩おそくまで飲みあるいていたが、ある夜その主人が例に依って夜ふけに酔って帰ると、楊の部屋には燈火《あかり》が煌々《こうこう》と輝いていた。
「まだ起きているのか」
 主人は窓の隙からそっと覗いてみると、几《つくえ》のそばには二本の大きい蝋燭を立てて、緋の着物の人が几に倚りかかって書物を読んでいた。
「楊さんもなかなか勉強だ
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