には※[#「口+斗」、288−2]蛇《きょうだ》というものがある。この蛇は不思議に人の姓名を識っていて、それを呼ぶのである。呼ばれて応《こた》えると、その人は直ちに死ぬと伝えられている。
 そこで、ここらの地方の宿屋では小箱のうちに蜈蚣《むかで》をたくわえて置いて、泊まり客に注意するのである。
「夜なかにあなたの名を呼ぶ者があっても、かならず返事をしてはなりません。ただ、この箱をあけて蜈蚣を放しておやりなさい」
 その通りにすると、蜈蚣はすぐに出て行って、戸外にひそんでいるかの蛇の脳を刺し、安々と食いころして、ふたたび元の箱へ戻って来るという。
(宋人の小説にある報寃蛇《ほうえんだ》の話に似ている)。

   范祠の鳥

 長白山《ちょうはくさん》の醴泉寺《れいせんじ》は宋の名臣|范文正《はんぶんせい》公が読書の地として知られ、公の祠《ほこら》は今も仏殿の東にある。
 康煕《こうき》年間のある秋に霖雨《ながあめ》が降りつづいて、公の祠の家根《やね》からおびただしい雨漏りがしたので、そこら一面に湿《ぬ》れてしまったが、不思議に公の像はちっとも湿れていない。
 寺の僧らが怪しんでうかがうと
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