月日を送ってしまいました。すると、ある日のことです。かの李徳逢が例のごとくに弓矢をたずさえて山狩りに出ると、一匹の※[#「鹿/章」、第3水準1−94−75]《くじか》を見つけたので、すぐに追って行きました。
 ※[#「鹿/章」、第3水準1−94−75]はよく走るので、なかなか追い付きません。鹿を追う猟師は山を見ずの譬《たとえ》の通りに、李は夢中になって追って行くうちに、岡を越え、峰を越えて、深い谷間へ入り込みましたが、遂に獲物《えもの》のすがたを見失いました。がっかりして見まわすと、いつの間にか日が暮れています。おどろいて引っ返そうとすると、もと来た道がもう判りません。そこらを無暗に迷いあるいているうちに、夜はだんだんに暗くなって、やがて初更《しょこう》(午後七時―九時)に近い頃になったらしいのです。むこうの山の頂きに何かの建物があるのを見つけて、ともかくもそこまで辿《たど》り着くと、そこらは人跡《じんせき》の絶えたところで、いつの代に建てたか判らないような、頽《くず》れかかった一宇《いちう》の古い廟がありました。
「なんだか物凄い所だ」
 大胆の青年もさすがに一種の恐れを感じましたが
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