すると、ここに銭《せん》という大家《たいけ》がありまして、その主人は銭翁と呼ばれ、この郡内では有名な資産家として知られていました。銭の家には今年十七のひとり娘がありまして、父の寵愛はひと通りでなく、子供のときから屋敷の奥ふかく住まわせて、親戚や近所の者にも滅多《めった》にその姿を窺わせたことがないくらいでした。その最愛の娘が雨風の暗い夜に突然ゆくえ不明になったので、さあ大変な騒ぎになりました。
よく調べてみると、門も扉も窓も元のままになっていて、外から何者かが忍び込んだらしい形跡もなく、娘だけがどこへか消えてしまったのですから、実に不思議です。勿論、早速にその筋へ訴え出るやら、神に祷《いの》るやら、四方八方をたずね廻らせるやら、手に手を尽くして詮議したのですが、遂にそのゆくえが判らないので、父の銭翁は昼夜悲嘆にくれた末に、こういうことを触れ出しました。
「もし娘のありかを尋ね出してくれた者には、わたしの身代の半分を割《さ》いてやる。又その上に娘の婿にする」
それを聞いて、誰も彼も色と慾とのふた筋から、一生懸命に心あたりを探し廻ったのですが、娘のゆくえは容易にわからず、むなしく三年の
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