置きは先ずこのくらいにいたしまして、すぐに本文《ほんもん》に取りかかります」
申陽洞記
隴西《ろうせい》の李徳逢《りとくほう》という男は当年二十五歳の青年で、馬に騎《の》り、弓をひくことが上手で、大胆な勇者として知られていましたが、こういう人物の癖として家業にはちっとも頓着せず、常に弓矢を取って乗りまわっているので、土地の者には爪弾《つまはじ》きされていました。
そういうわけで、身代《しんだい》もだんだんに衰えて来ましたので、元《げん》の天暦《てんれき》年間、李は自分の郷里を立ち退《の》いて、桂州へ行きました。そこには自分の父の旧い友達が監郡の役を勤めているので、李はそれを頼って行ったのですが、さて行き着いてみると、その人はもう死んでしまったというので、李も途方に暮れました。さりとて再び郷里へも帰られず、そこらをさまよい歩いた末に、この国には名ある山々が多いのを幸いに、その山々のあいだを往来して、自分が得意の弓矢をもって鳥や獣《けもの》を射るのを商売にしていました。
「自分の好きなことをして世を送っていれば、それで結構だ」
こう思って、彼は平気で毎日かけ廻っていました。
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