んつうりき》を具《そな》えているらしいのに、なぜかの妖怪どもに今まで屈伏していたのだ」と、李は訊きました。
「わたくしはまだ五百年にしかなりません」と、白衣の老人は答えました。「かの大猿はすでに八百年の劫《こう》を経て居ります。それで、残念ながら彼に敵することが出来なかったのでございます。しかし我々は人間に対して決して禍いをなすものではございません。かの兇悪な猿どもがたちまち滅亡したのは、あなたのお力とは申しながら、畢竟《ひっきょう》は天罰でございます」
「ここを申陽洞と名づけたのは、どういうわけだ」と、李はまた訊きました。
「猿は申《しん》に属します。それで、かれらが勝手にそんな名を付けたので、もとからの地名ではございません」
「おまえらがここへ帰り住むようになったらば、おれに出口を教えてくれ、礼物《れいもつ》などは貰うに及ばない。ただこの娘たちを救って出られればいいのだ」
「それはたやすいことでございます。半時のあいだ眼を閉じておいでなされば、自然にお望みが遂げられます」
李はその通りにしていると、耳のはたには激しい雨風の声がしばらく聞えるようでしたが、やがてその声がやんだので眼を開くと、一匹の大きい白鼠がさきに立って、豕《いのこ》のような五、六匹の鼠がそのあとに従っていました。そこには一つの穴が掘られていて、それから明るい路へ出られるようになっているので、李は三人の娘と共に再びこの世の風に吹かれることになりました。
それからすぐに銭翁の家をたずねて、かのむすめを引き渡すと、翁はおどろき喜んで、かねて触れ出した通りに李を婿にしました。他の二人の娘の家でも、おなじくその娘を贈ることにしたので、李は一度に三人の美女を娶《めと》った上に、あっぱれの大福長者《だいふくちょうじゃ》になりました。その後ふたたびかの場所へ行ってみると、そこらには草木が一面におい茂っているばかりで、むかしの跡をたずねる便宜《よすが》もありませんでした。
牡丹燈記
元《げん》の末には天下大いに乱れて、一時は群雄割拠の時代を現じましたが、そのうちで方谷孫《ほうこくそん》というのは浙東《せっとう》の地方を占領していました。そうして、毎年正月十五日から五日のあいだは、明州府の城内に元宵《げんしょう》の燈籠をかけつらねて、諸人に見物を許すことにしていたので、その宵々《よいよい》の賑わいは
前へ
次へ
全12ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング