中国怪奇小説集
剪燈新話
岡本綺堂

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《》:ルビ
(例)名代《みょうだい》に

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(例)妖怪|変化《へんげ》

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(例)※[#「鹿/章」、第3水準1−94−75]《くじか》
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 第十二の夫人は語る。
「今晩は主人が出ましてお話をいたす筈でございましたが、よんどころない用事が出来まして、残念ながら俄かに欠席いたすことになりました。就きましては、お前が名代《みょうだい》に出て何かのお話を申し上げろということでございましたが、無学のわたくしが皆さま方の前へ出て何も申し上げるようなことはございません。唯ほんの申し訳ばかりに、どなたも御存じの『剪燈新話』のお話を少々申し上げて御免を蒙ります。
 わたくしどもにはよく判《わか》りませんが、支那の小説は大体に於いて、唐《とう》と清《しん》とが一番よろしく、次が宋《そう》で、明《みん》朝の作は余り面白くないのだとか申すことでございます。殊に今晩の御趣意を承《うけたま》わりまして、主人もお話の選択によほど苦しんでいたようでございました。しかし支那の本国ではともかくも、日本では昔から『剪燈新話』がよく知られて居りまして、これは御承知の通り、明《みん》の瞿宗吉《くそうきつ》の作ということになって居ります。その作者に就いては多少の異論もあるようでございますが、ここでは普通一般の説にしたがって、やはり瞿宗吉の作といたして置きましょう。
 今まで皆さんがお話しになったものとは違いまして、この『剪燈新話』は一つのお話が比較的に長うございますから、今晩はそのうちの『申陽洞記《しんようどうき》』と『牡丹燈記《ぼたんとうき》』の二種を選んで申し上げることにいたします。馬琴《ばきん》の『八犬伝』のうちに、犬飼現八《いぬかいげんぱち》が庚申山《こうしんざん》で山猫の妖怪を射る件《くだり》がありますが、それはこの『申陽洞記』をそっくり書き直したものでございます。一方の『牡丹燈記』が浅井了意《あさいりょうい》の『お伽《とぎ》ぼうこ』や、円朝《えんちょう》の『牡丹燈籠』に取り入れられているのは、どなたも能《よ》く御存じのことでございましょう。前
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