まえの家には曾《かつ》て異人から授かった鉄簡があるそうだが、見せてくれ」と、大王は言った。
これまでにも老女の話を聞いて、その鉄簡をみせてくれという者がしばしばあるので、彼女はその贋物《にせもの》を人に貸すことにして、本物は常に自分の腰に着けていた。きょうもその贋物の方を差し出すと、大王はそれを取り上げたままで返さないばかりか、ここの家には娘がある筈だから、ここへ呼び出して酒の酌をさせろと言った。娘はあいにくに病気で臥《ふ》せって居りますと断わっても、王は肯《き》かない。どうでもおれの前へ連れて来いとおどしつけて、果ては手籠《てご》めの乱暴にも及びそうな権幕になって来た。
老女はふと考え付いた。この大王などというのはどこの人間だか判らない。かの道士は二十年後に禍いがあるといったが、その年数もちょうど符合するから、大事の鉄簡を用いるのは今この時であろうと思ったので、腰につけている本物の鉄簡をそっと取って、竈《かまど》の下の火に投げ込むと、たちまちに雷《らい》はとどろき、電光はほとばしって、火と烟りが部屋じゅうにみなぎった。
しばらくして、火も消え、烟りも鎮まると、そこには数十匹の猿
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