も猴を連れていた。呉は面会して、かれと一緒に飯を食って、その席上でかの猴を貰いたいと言い出すと、彼も初めは堅く拒《こば》んだ。
「呉《く》れるのが嫌ならば、ここでその猴の首を斬ってみせろ」と、呉は言った。
 呉は同知《どうち》という官職を帯びて、大いに勢力を有しているので、彼も強《し》いて争うわけにも行かなくなったと見えて、結局渋々ながらその猴を呉に譲ることになった。呉は謝礼として白金十両を贈った。
 貴公子は帰るときに猴にむかって、なにか蛮語で言い聞かせて立ち去った。彼はそこに蛮語の通訳が聞いていることを知らなかったのである。通訳は呉に訴えた。
「あいつは猴にむかって斯《こ》う言い聞かせたのです。お前は当分飲まず食わずにいろ。そうすればきっと縄を解いて放すに相違ない。おれは十里さきの小さい寺にかくれて待っているから、すぐにそこへ逃げて来いと……」
 そこで念のために果物や水をあたえると、猴は決して口にしないのである。さらに人をつかわして窺わせると、果たしてその主人もまだ立ち去らないで、そこらに徘徊していることが判ったので、呉はすぐにその猴を撃ち殺させた。

   陰徳延寿

 むかし
前へ 次へ
全17ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング