真《しん》州の大商人《おおあきんど》が商売物を船に積んで、杭州へ行った。時に鬼眼《きがん》という術士があって、その店を州の役所の前に開いていたが、その占いがみな適中するというので、その店の前には大勢の人があつまっていた。商人もその店先に坐を占めると、鬼眼はすぐに言った。
「あなたは大金持だが、惜しいことにはこの中秋の前後三日のうちに寿命が終る」
それを聞いて、商人はひどくおそれた。その以来、なるべく船路を警戒して進んでゆくと、八月のはじめに船は揚子江にかかった。見ると、ひとりの女が岸に立って泣いているのである。呼びとめて子細を訊《き》くと、女は涙ながらに答えた。
「わたくしの夫は小商《こあきな》いをしている者で、銭《ぜに》五十|緡《びん》を元手にして鴨や鵞鳥を買い込み、それを舟に積んで売りあるいて、帰って来るとその元手だけをわたくしに渡して、残りの儲けで米を買ったり酒を買ったりすることになって居ります。きょうもその銭を渡されましたのを、わたくしが粗相で落してしまいまして、どうすることも出来ません。夫は気の短い人間ですから、腹立ちまぎれに撲《ぶ》ち殺されるかも知れません。それを思うと、
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