子細を訊くと、貴公子は笑いながら説明した。
「実はわたしの家の侍女《こしもと》が子を生みまして、その子はひと月ばかりで死にました。そのときにこの小猴も丁度生まれましたが、親猴を猟犬《かりいぬ》に噛み殺されてしまったので、夜も昼も母を慕って啼き叫んでいるのが何分にも可哀そうでしたから、侍女に言いつけて育て上げさせました。人間の乳を飲んで育ったせいか、人にもよく馴れ、また自然に蛮語をおぼえて、こうしてわたしの用を達してくれるのです」
成程そうかと、杜も思った。彼は間もなくかの貴公子に別れ、清《せい》州へ行って呉《ご》という役人の家に足をとどめていると、ある日、ひとりの旅人が一匹の猴を連れて城内に入り込んだという報告があった。
「それは世間に名の高い大泥坊だ」と、呉は言った。「まず何げなく、人の家を訪問して、家内の勝手を見さだめて置いて、夜になってから其の猴を放して盗みを働かせるのだ。大方おれの所へも来るだろうから、その猴めを奪い取って、世間のために害を除かなければならない」
翌日になると、果たして呉に面会を求めに来た者がある。杜がそっと隙き見をすると、彼はまさしく先日の貴公子で、きょう
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