寸法師といっても好いほどに背が低い上に、髯などはちっとも生やしていないで、人相書とは全く違っているものですから、官兵は碌々に取調べもしないで立ち去ってしまったのです。それから五、六日経って、詮議もよほどゆるんだ頃に、塔の上からかの品々を持ち出しました」

   蛮語を解する猴

 これは杜彦明《とげんめい》という俳優の話である。
 杜が江西地方からかえって韶州《しょうしゅう》に来て、旅宿に行李《こうり》をおろすと、その宿には先客として貴公子然たる青年が泊まっていた。かれは刺繍《ぬい》のある美しい衣服を着て、玉を飾りにした帽をかぶっていたが、ただその穿き物だけが卑しい皮履《かわぐつ》であるので、杜もすこしく不審に思ったが、一夕自分の室《へや》へ招待して酒をすすめると、貴公子の方でもその返礼として杜を招いて饗応した。
 招かれて、その室へ行ってみると、柱に一匹の小さい猴《さる》がつながれていて、見るから小ざかしげに立ち廻っていた。貴公子はやがてその綱を解いて放すと、猴はよく人に馴れていて、巧みに酒席のあいだを周旋し、主人が蛮語で何か命令すると、一々聞き分けて働くのである。杜もおどろいてその
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