うな形跡も見られないので、丁もその処分に困って頻りに苦労しているのを、妻の韓氏《かんし》が見かねて訊いた。
「あなたは一体どんな事件で、そんなに心配しておいでなさるのです」
丁がその一件を詳しく説明すると、韓氏は考えながら言った。
「もしその嫂が夫を殺したものとすれば、念のために死骸の脳天をあらためて御覧なさい。釘が打ち込んであるかも知れません」
成程と気がついて、丁はその死骸をふたたび検視すると、果たして髪の毛のあいだに太い釘を打ち込んで、その跡を塗り消してあるのを発見した。それで犯人は一も二もなく恐れ入って、裁判はすぐに落着《らくぢゃく》したので、丁はそれを上官の姚忠粛に報告すると、姚も亦《また》すこし考えていた。
「お前の妻はなかなか偉いな。初婚でお前のところへ縁付いて来たのか」
「いえ、再婚でございます」と、丁は答えた。
「それでは先夫の墓を発《あば》いて調べさせるから、そう思え」
姚は役人に命じて、韓氏が先夫の棺を開いてあらためさせると、その死骸の頭にも釘が打ち込んであった。かれもかつて夫を殺した経験をもっていたのである。丁は恐懼《きょうく》のあまりに病いを獲《え》て死んだ。
時の人は姚の明察に服して、包孝粛《ほうこうしゅく》の再来と称した。
(包孝粛は宋時代の明判官《めいはんがん》で、わが国の大岡越前守ともいうべき人である)。
鬼の贓品
陝西《せんせい》のある村に老女が住んでいた。そこへ道士《どうし》のような人が来て、毎日かならず食を乞うと、老女もかならず快《こころよ》くあたえていた。すると、ある日のこと、かの道士が突然にたずねた。
「ここの家《うち》に妖怪の祟りはないか」
老女はあると答えると、それではおれが攘《はら》ってやろうといって、道士は嚢《ふくろ》のなかから一枚のお符《ふだ》を取り出して火に焚《や》くと、やがてどこかで落雷でもしたような響きがきこえた。
「これで妖怪は退治した」と、彼は言った。「しかしその一つを逃がしてしまった。これから二十年の後に、お前の家にもう一度禍いがおこる筈だから、そのときにはこれを焚け」
かれは一つの鉄の簡《ふだ》をわたして立ち去った。それから歳月が過ぎるうちに、老女の娘はだんだん生長して、ここらでは珍しいほどの美人となった。ある日、大王と称する者が大勢の供を連れて来て、老女の家に宿った。
「お
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