た。
 参知政事の梁粛《りょうしゅく》は、若い時にこの郷《さと》の※[#「てへん+牽」、235−8]馬嶺《けんばれい》というところに住んでいた。彼は挙子《きょし》となって他の諸生と夏期講習の勉強をしている間に、あるとき鬼神に関する噂が出て、誰が強かったとか、誰が偉かったとか言っていると、梁は傲然《ごうぜん》として言った。
「わたしはどの人も強いとは思わない。そんなことは誰にでも出来るのだ。論より証拠で、わたしは日が暮れてから閭山の廟へ行って、廟のなかを一周してみせる」
「ほんとうに行くか」
「おお、いつでも行く」
「行ったという証拠をみせるか」
「わたしが通ったところには、壁や板に何かのしるしを付けて置く」と、梁は答えた。
 若い者にはよくある習いで、その明くる晩いよいよ一緒にゆくことになった。但し他の諸生は門外に待っていて、梁ひとりが廟内の奥深く進み入るのである。彼は恐るる色なく、木立ちのあいだをくぐりぬけて、古廟のうちへ踏み込むと、灯《ひ》ひとつの光りもないので、あたりは真の闇であった。手探りでしるしを付けながら、だんだんに廟の東の隅まで廻ってゆくと、何者かが壁に倚りかかっているの
前へ 次へ
全20ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング