》をくくっていたが、狐らはほんとうに樹を伐るつもりであるらしく、のこぎりで幹を伐るような音がきこえはじめた。そうして、釜の火を焚《た》け、油を沸かせと罵り合う声もきこえた。かれらは鉄をひきおとして油|煎《い》りにする計画であることが判ったので、彼も俄かに怖ろしくなったが、今更どうすることも出来ない。
「ともかくも樹にしっかりとかじり付いているよりほかはない。万一この樹が倒されたら、腰につけている斧《おの》で手当り次第に叩っ斬ってやろう」と、彼は度胸を据えていた。
 幸いに何事もないうちに夜が明けかかったので、狐らはみな立ち去った。鉄もほっとして樹を降りると、幹にはのこぎりの痕《あと》らしいものも見えなかった。ただそこらに牛の肋骨《あばらぼね》が五、六枚落ちているのを見ると、かれらはこの骨をもってのこぎりの音を聞かせたらしい。
「畜生め。おれを化かして嚇《おど》かしゃあがったな。今にみろ」
 かれは爆発薬を竹に巻き、別に火を入れた罐を用意して、今夜も同じところへ行くと、やはり二更に近づいた頃に、狐の群れが又あつまって来て樹の上にいる彼を罵った。それを黙って聴きながら、鉄は爆薬に火を移して投げ付けると、凄まじい爆音と共に火薬が破裂したので、狐らはおどろいて逃げ散るはずみに、我から網にかかるものが多かった。鉄は斧をもって片端から撲《なぐ》り殺した。[#地から1字上げ](同上)

   兄の折檻

 王《おう》という役人は大定年中に死んだ。その末の弟の王|確《かく》というのは大酒飲みの乱暴で、亡き兄の妻や幼な児をさんざんに苦しめるのであるが、どうにも抑え付けようがないので、一家は我慢に我慢して日を送っていた。
 そういう苦労がつづいたために、妻はとうとう病いの床に就くようになった。ある夜のことである。夜も更けて、ともしびも消えたとき、暗いなかで何やら衣摺《きぬず》れのような音が低くきこえた。やがてまた、そこらの双陸《すごろく》や棋石《ごいし》に触れるような響きがして、誰か幽《かす》かな溜め息をついているようにも聞かれた。
 それが亡き夫の霊で、乱暴者の弟が勝負事にふけるのを嘆息しているのではないかとも思われたので、彼女は泣いて訴えた。
「末の叔父さんには困り切ります。さりとてお上《かみ》で罰して下さるというわけにも行かず、このままにしていたら私たち母子《おやこ》はどうなるか
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