いる者であったので、その主人が牛三頭と白金一|笏《こつ》をつぐなうことにして、梁氏に示談を申し込んだ。
「夫の代りにあの男の命を取ったところで、今更どうなるものではあるまい。夫の死んだのは天命とあきらめてはくれまいか。おまえの家は貧しい上に、二人の幼い子供が残っている。この金と牛とで自活の道を立てた方が将来のためであろう」
他の人たちも成程そうだと思ったが、梁氏は決して承知しなかった。
「わたしの夫が罪なくして殺された以上、どうしても相手を安穏《あんのん》に捨てて置くことは出来ません。この場合、損得などはどうでもいいのです。たとい親子が乞食になっても構いませんから、あの男を殺させてください」
こうなると、手が着けられないので、他の人たちも持てあました。
「おまえは自分であの男を殺すつもりか」と、一人が訊《き》いた。
「勿論です。なに、殺せないことがあるものか」
彼女は袖をまくって、用意の刃物を突き出した。その権幕が怖ろしいので、人びとも思わずしりごみすると、梁氏は進み寄って縄付きの通事を切った。しかもひと思いには殺さないで、幾度も切って、切って、切り殺した。そうして、いよいよ息の絶えたのを見すまして、彼女はその血をすくって飲んだ。あまりの怖ろしさに、人びとはただ呼吸《いき》をのんでいると、彼女は二人の子を連れて、そのままどこへか立ち去った。[#地から1字上げ](続夷堅志)
樹を伐る狐
鄭《てい》村の鉄李《てつり》という男は狐を捕るのを商売にしていた。大定《たいてい》の末年のある夜、かれは一羽の鴿《はと》を餌《えさ》として、古い墓の下に網を張り、自分はかたわらの大樹の上に攀《よ》じ登ってうかがっていると、夜の二更《にこう》(午後九時―十一時)とおぼしき頃に、狐の群れがここへ集まって来た。かれらは人のような声をなして、樹の上の鉄を罵った。
「鉄の野郎め、貴様は鴿一羽を餌にして、おれたちを釣り寄せるつもりか。貴様の親子はなんという奴らだ。まじめな百姓わざも出来ないで、明けても暮れても殺生《せっしょう》ばかりしていやあがる。おれたちの六親眷族《ろくしんけんぞく》はみんな貴様たちの手にかかって死んだのだ。しかし今夜こそは貴様の天命も尽きたぞ。さあ、その樹の上から降りて来い。降りて来ないと、その樹を挽《ひ》き倒すぞ」
なにを言やあがると、鉄も最初は多寡《たか
前へ
次へ
全10ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング