ので、夫婦はおどろいて叫んだ。
「わたしの児は果たして生き返ったぞ」
 瓦を壊《こわ》して、棺をかつぎ出して、わが家へ連れ帰ると、その児は湯をくれ、粥《かゆ》をくれと言った。暫くして、彼は正気にかえって話した。
「はじめ冥府《めいふ》へ行った時に、わたしは冥府の王に訴えました。なにぶんにも父母が老年で、わたしがいなくなると困ります。その余命をつつがなく送って、葬式万端の済むまでは、どうぞ私をお助けくださいと願いました。王も可哀そうに思ってくれたと見えて、それではお前を帰してやる。帰ったらば親父に話して、今後は鶉捕りの商売をやめろと言え。そうすれば、おまえの寿命も延びることになる」
 張はそれを聞いて、即刻に殺生のわざをやめることにした。彼は網や罠《わな》のたぐいを焚《や》いてしまって、その児を連れて仏寺《ぶつじ》に参詣した。寺に呂《りょ》という僧があった。年は四十ばかりで、人柄も行儀も正しそうに見えた。彼は都に近い寺で綱主《こうす》となった事もあるという。その僧の前に出て、張の児は訊いた。
「あなたも生き返っておいでになったのですか」
「わたしは死んだ覚えはない」と、僧は怪しんで答えた。
「わたくしは冥府へ行った時に、あなたを見ました」と、張の児は言った。「あなたは宮殿の角の銅《あかがね》の柱につながれて、鉄の縄で足をくくられていました。獄卒が往ったり来たりして、棒であなたの腋《わき》の下を撞《つ》くと、血がだらだらと流れました。わたくしは帰る時に、あの和尚さまはなんの罪で呵責《かしゃく》を受けているのですかと訊きましたら、あれは斎事にあたって経文《きょうもん》をぬかして読むからだと言いました」
 僧は大いにおどろいた。彼は腋の下に腫物を生じて、三年も癒えないのであった。そんなことを知ろう筈のない張の児に言い当てられて、彼は怖ろしくなった。彼はそれから一室に閉じ籠って毎日怠らずに経を呼んでいると、三年の後に腫物はおのずから癒えた。[#地から1字上げ](同上〉

   馬絆

 吏部尚書《りぶしょうしょ》の※[#「馮/几」、第4水準2−3−20]夢弼《ひょうむひつ》、この人は八蕃《はちばん》の雲南|宣慰司《せんいし》の役人からしだいに立身したのである。この※[#「馮/几」、第4水準2−3−20]氏の話に、かつて八蕃に在任の当時、官用で某所へ出向いた。
 途中のある駅に
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