さんずい」、第3水準1−92−8]七という兄弟があって、帛《きぬ》を売るのを渡世としていた。又その季《すえ》の弟があって、家内では彼を小哥《しょうか》と呼んでいたが、小哥は若い者の習い、賭博《とばく》にふけって家の銭《ぜに》を使い込んだので、兄たちにひどい目に逢わされるのを畏《おそ》れて、どこへか姿をくらました。
彼はそれぎり音信不通であるので、母はしきりに案じていたが、占《うらな》い者《しゃ》などに見てもらっても、いつも凶と判断されるので、もうこの世にはいないものと諦めるよりほかはなかった。そのうちに七月が来て、盂蘭盆会《うらぼんえ》の前夜となったので、※[#「澹−さんずい」、第3水準1−92−8]の家では燈籠をかけて紙銭《しせん》を供えた。紙銭は紙をきって銭の形を作ったもので、亡者の冥福を祈るがために焚《や》いて祭るのである。
日が暮れて、あたりが暗くなると、表で幽《かす》かに溜め息をするような声がきこえた。
「ああ、小哥はほんとうに死んだのだ」と、母は声をうるませた。盂蘭盆で、その幽霊が戻って来たのだ。
母はそこにある一枚の紙銭を取りながら、闇にむかって言い聞かせた。
「も
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