し本当に小哥が戻って来たのなら、わたしの手からこの銭《ぜに》をとってごらん。きっとおまえの追善《ついぜん》供養をしてあげるよ」
 やがて陰風がそよそよと吹いて来て、その紙銭をとってみせたので、母も兄弟も今更のように声をあげて泣いた。早速に僧を呼んで、読経《どきょう》その他の供養を営んでもらって、いよいよ死んだものと思い切っていると、それから五、六カ月の後に、かの小哥のすがたが家の前に飄然と現われたので、家内の者は又おどろいた。
「この幽霊め、迷って来たか」
 総領の兄は刀をふりまわして逐《お》い出そうとするのを、次の兄がさえぎった。
「まあ、待ちなさい。よく正体を見とどけてからのことだ」
 だんだんに詮議すると、小哥は死んだのではなかった。彼は実家を出奔《しゅっぽん》して、宜黄《ぎこう》というところへ行って或る家に雇われていたが、やはり実家が恋しいので、もう余焔《ほとぼり》の冷《さ》めた頃だろうと、のそのそ帰って来たのであることが判《わか》った。して見ると、前の夜の出来事は、無縁の鬼がこの一家をあざむいて、自分の供養を求めたのであったらしい。[#地から1字上げ](同上)

   義犬

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