らずに行ったが最後、疫病神《やくびょうがみ》がこっちへ乗り込んで来て、どんな目に逢うか判らなかったのです」
 積んで来た酒や肉を彼に馳走して、舟は早々に漕ぎ戻した。[#地から1字上げ](同上)

   亡妻

 宋の大観《たいかん》年中、都の医官の耿愚《こうぐ》がひとりの妾を買った。女は容貌《きりょう》も好く、人間もなかなか利口であるので、主人の耿にも眼をかけられて、無事に一年余を送った。
 ある日のこと、その女が門前に立っていると、一人の小児が通りかかって、阿母《おっか》さんと声をかけて取りすがると、女もその頭を撫でて可愛がってやった。小児は家へ帰って、その父に訴えた。
「阿母さんはこういう所にいるよ」
 しかしその母というのは一年前余に死んでいるので、父はわが子の報告をうたがった。しかしその話を聞くと、まんざら嘘でもないらしいので、ともかくも念のためにその埋葬地を調べると、盗賊のために発《あば》かれたと見えて、その死骸が紛失しているのを発見した。そこで、その児を案内者にして、耿の家の近所へ行って聞きあわせると、その女は亡き妻と同名であることが判《わか》った。
 もう疑うところはない
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