去ろうではないか。いっそこの舟に乗って行ってはどうだな」
「これは漁師の舟だ。おまけにほか土地の人間だからいけない。あしたになると、東南の方角から大きい船が来る。その船には二つの紅い食器と、五つ六つの酒瓶《さかがめ》を乗せているはずだから、それに乗り込んで行くとしよう。その家《うち》はここの親類で、なかなか金持らしいから、あすこへ転げ込めば間違いなしだ」
「そうだ、そうだ」
それぎりで声はやんだ。
呉はあくる日、上陸してその民家をたずねると、家には疫病にかかっている者があって、この頃だんだんに快方に向かっているという話を聞かされたので、ゆうべ語っていた者どもは疫鬼《えきき》の群れであったことを初めて覚《さと》った。そこで、舟を東南五、六里の岸に移して、果たしてかれらの言うような船が来るかどうかと窺っていると、やがて一艘の小舟がくだって来た。舟に積んでいる物も鬼の話と符合しているので、呉は急に呼びとめて注意すると、舟の人びともおどろいた。
「おまえさんはいいことを教えて下すった。それはわたしの婿の家で、これから見舞いながら食い物を持って行ってやろうと思っていたところでした。なんにも知
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