がして、しきりに無罪を泣き叫びながら、引っ返して逃げてゆく。その疾《と》きこと奔馬の如くであるのを、また追いかけて打ち据えると、かれらは足を傷つけられてさんざんの体《てい》になった。それでも百歩以上に及ぶと、その行くえが忽《たちま》ち知れなくなった。
 門卒はそれを賈耽に報告して、他に異色の者を認めず、唯《ただ》かの尼僧の衣服容色が異っているのみであったと陳述すると、賈は訊いた。
「その二人を打ち殺したか」
 脳を傷つけ、足を折り、さんざんの痛い目に逢わせたが、打ち殺すことを得ないでその行くえを見失ったと答えると、賈は嘆息した。
「それでは小さい災いを免かれまい」
 その翌日、東市から火事がおこって百千家を焼いたが、まずそれだけで消し止めた。[#地から1字上げ](芝田録)

   画虎

 霊池《れいち》県、洛帯《らくたい》村に郭二《かくじ》という村民がある。彼が曾《かつ》てこんな話をした。
 自分の祖父は医師と卜者《ぼくしゃ》を業とし、四方の村々から療治や占《うらな》いに招かれて、ほとんど寸暇《すんか》もないくらいであった。彼は孫真人《そんしんじん》が赤い虎を従えている図をかかせて、
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